クローン技術の有効利用
−家畜の改良から希少種の保存、医療まで−
近畿大学生物理工学部
入谷 明
この技術は将来はかり知れないような効果的な利用の可能性を秘めているが、一番のネックは,いまだ生産効率の低いことである。効率の改善を条件として、次のような利用項目が考えられる。
(1) 家畜の改良増殖への応用
アメリカでは特に泌乳量の優れた(20,000kg/年)40頭ものいわゆるスーパーカウ群がクローニングにより作られ、乳汁生産が始まろうとしている。また、鹿児島県でも肉牛のクローン4頭について、肉質の相似性や肉質の伝達などの検討がなされている。大分県では、遺伝形質の極めて優れた種雄牛の老齢化に伴って2頭の後継コピー牛が生産され、すでに、その精液で人工授精され、妊娠出産している。
(2) 稀少動物の増数や絶滅種の復活
例えばイリオモテヤマネコのように頭数が激減している種での体細胞クローン技術を利用した増数が期待される。また、鳥類でのクローニングが可能になれば、ヤンバルクイナのコピーも見ることができよう。しかし、少数の基本動物から増数すると遺伝子に多様性がなく、自然に返してもその後の自然繁殖は期待できない。絶滅種の復活については、その種の体細胞核のDNAの保存状態が鍵になる。またDNAがよく保存されていたとして、現在の核移植技術では核を受け入れる卵細胞質が必要である。近縁種の卵細胞を使った例として、野生牛ガウルの細胞核を家畜ウシの卵細胞に移植して子を生産した報告がある。
(3) 中・大型動物での遺伝子組み換えへの応用
ウシ等の大型家畜で慣行の前核注入法で遺伝子組み換え動物を作ろうとすると1頭生産するのに数千万円もかかる。体細胞クローン技術を使った場合の例では、目的遺伝子をマーカーと共に移植用体細胞培養液に添加して、遺伝子の組み込まれた細胞のみを選んで核移植すれば、産子はすべて組み換え動物になっており、クローニングの生産効率の低さを差し引いても、経費は従来の前核注入法にくらべて50%も軽減できる。
(4)再生医療への応用
マウスに始まって、霊長類やヒトの胚性幹細胞(ES細胞)株の樹立が進展し、その全能性を利用した種々の細胞、組織さらに将来的には、器官まで誘導し、移植医療への利用が期待されている。さらに臓器移植免疫上の難題である拒絶反応の克服手段として、患者自身の体細胞核移植由来のES細胞から本人の細胞や組織を再生するなどの利用方向が示されている。