Pasteurella pneumotropica感染症研究の現状と課題

川本 英一 (東京医科大学 動物実験センター)

 Pasteurella pneumotropicaはマウス、ラット、ハムスター、スナネズミなどのげっ歯類に感染する細菌であ
る。本菌はグラム陰性、非運動性の短桿菌で、糖を発酵分解し、オキシダーゼ反応陽性である。生化学的
性状の違いから、本菌はJawetzとHeylの2つの生物型に分けられる。また、最近では、RAPD-PCR法を用い
て本菌を遺伝型に分類することもできる。現在、本菌を含むパスツレラ科はパスツレラ属、アクチノバシラス
属、ヘモフィルス属など8つの属から構成され、命名された57菌種と種分けされていない約40種の菌のおよ
そ100菌種から成っている。本菌がどの属に属するのかは、パスツレラ科の菌の分類が未だ流動的なので
はっきりとしない。しかし、16S ribosomal DNAの塩基配列の解析から、本科の菌は13のグループに分けら
れ、本菌はげっ歯類(Rodent)のグループに属している。

 本菌は咽頭部に最初に定着し、次いで上気道(鼻腔、咽喉頭)、下部消化管(盲腸、直腸)、膣などに定着
して増殖する。したがって、菌は通常、鼻、口、膣からの分泌物や滲出液およびそれらに汚染した物との接
触によって伝播する。妊娠動物では産道感染が起こることがある。本菌が動物に感染した場合、その動物
が免疫学的に正常ならば、ほとんどが不顕性感染である。しかし、気管支敗血症菌、マイコプラズマなどの
病原体との混合感染や免疫力の低下によって肺炎、皮膚の膿瘍などが引き起こされる。また、遺伝子組換
えによって免疫不全となった動物では死亡を伴う重篤な肺炎がみられることがあり、注意が必要である。な
お、ヒトにおける本菌の感染はきわめてまれである。

 本症の診断は菌の分離・同定によって通常行われている。すなわち、咽喉頭あるいは気管粘液を液体培
地で増菌後あるいは直接に血液やFildes消化血液を加えた寒天平板培地で培養して菌を分離・同定する。
液体培地としてはBHI培地、GN培地、抗菌剤を加えたTGN培地が、平板培地としては血液寒天培地や抗菌
剤を加えたNKBT培地、クリンダマイシン加培地などがある。最近では、16S ribosomal DNAのプライマーを
用いて本菌の検出あるいは同定を行うこともできる。いっぽう、血清学的診断としては、全菌体抗原やリポ
オリゴ糖抗原を用いるELISA法が有用である。

 本菌に汚染したコロニーから菌を排除する方法としては、不顕性コロニーの場合には、ニューキノロン系薬
剤であるエンロフロキサシンの投与が有効である。症状を示すコロニーの場合には、エンロフロキサシンの
投与と子宮切開術を組み合わせた方法が必要となる。本症の予防法として、マイクロアイソレーションラック
の使用が有効である。

 本シンポジウムでは、演者らの実験成績を交えつつ、本菌の分類、形態、性状、病原性および診断におけ
る研究の現状と課題ついて述べる。